紅葉狩り
赤、黄色、時々緑。
遊歩道に落ち、積もる葉はカラフルなように見えて一定の色彩だけでできている。空の青とのコントラスト、嘘っぱちの色彩の三原色。
ざかざかと、足音は大股でガサツな歩き方に歩調を合わせて鳴り響く。
ひたすら前だけをみて、どこまでも続くかのような道を歩き続ける。歩いても歩いても、ざかざか、ざかざかと木の葉が鳴り、足元に巻き付いてくる。
しっとりとした水分を含んだ葉っぱは、置いていかないでとばかりに勝手に靴にすがりついた。
お気に入りだった黒のスニーカー。進むほどに赤や黄色の迷彩色となっていく。
置いていくはずだったのに、結局別れられなかった腐れ縁のように葉っぱは遊歩道を過ぎたあとも、しつこくわたしにはらりはらりとまとわりつく。
汚れたスニーカーでたどり着いた駅。そこから電車にゆらりゆらりと揺られてたどり着く都会は、色や音の大洪水だ。
灰色の建物、カラフルな人々のコート、鮮やかな看板。
黒のスニーカーに残る紅葉だけが、今までいた世界の名残を残してくれている。
あんなに煩わしいと思っていた葉っぱの鳴子も一切聞こえない。その代わりに人々が出会って別れ、会話を交わして、お互いの近況を伝え合うような、さざめきのような群衆の音が押し寄せてくる。
音と人の波に酔ってしまいそうで、支えを求めて緑色の窓口の看板に身を預ける。
自然の緑色と違って、看板の緑色は求める人たちがすぐに見つけられるよう、人工的に目立つ色をしていた。そこに背を預けて立っていれば、きっとすぐに見つけてくれるはずだと期待した。
たくさんの刺激的な色や光、音の中。待っている間に酔ってしまわないようにできるだけの感覚を遮断する。
目をつぶり、音の鳴らしてないイヤホンを身につけた。
瞼すら貫通する光、イヤホンをしていても聞こえてくる会話。
立っているはずなのに、沈んでしまいそうになる。
ふと、耐えきれなくなって足元に目を落とせば、汚く張り付いた黄色や赤が目に入る。
途端に沈んでいきそうだった足元が安定して、沼が急にコンクリートになったみたいに固まっていく。
群衆の中に沈まないように、紅葉がわたしを守ってくれる気がした。
「おまたせ。」
足元を見ていたわたしに、正面に現れた黒い影がそう言った。
顔を上げると黒のモノトーンの服を身につけた男がわたしに微笑んでいる。
群衆の中のブラックホールのような男だ、と思った。そのまま吸い込まれるように着いていく。
他愛のない会話は、後から全く思い出せない内容で、ただ着いていく間を持たせるだけの世間話。
だいぶ寒くなったね、紅葉が綺麗な時期だね。温泉にでもいきたいね。箱根もいいけど、伊香保温泉とか、有馬温泉とか、草津とか、いろんなところに行ってみたいよね。アウトレットとかも行きたいし。
そうだね、と返した後に続く言葉は「一緒に行くことなんてないくせに。」
隠れて心の中で悪態を吐いた。
1人で行こうかな、とぼんやり考えて隣に並んで歩いている。ブラックホールのようにその人に重力があるから一緒に並んで歩いているだけなんだ。
2人で歩いているのに、こんなにたくさんの群衆がいるのに、この世の中にひとりぼっちになったみたいだ。
階段を登るわたしの後ろから、男が着いてくる。
「ちょっと待って。」
そう声をかけられて立ち止まったわたしの足元に、男は屈んで手を伸ばした。
葉っぱ。連れてきちゃったんだね。
男は笑いながらわたしの靴についた紅葉の残骸を払い落とした。
階段に払い落とされた彼らを振り返る隙はなかった。
一歩一歩遠ざかる、ごみとして払われた紅葉たち。彼らはこれからいろんな人に踏み潰され、すり潰され、この世の中から消滅するのだろう。
こんな群衆の中に連れてきてしまったことに罪悪感しかない。
わたしの靴に縋りつきなどしなければ。今もきっと青空の下の遊歩道で、仲間たちと一緒にざかざかと愉快で不快な音を立てていたのだろう。
都会の真ん中に捨て去られた葉っぱたち。
もう振り返っても、その存在を確認することなんてできない。
さよならを告げた葉っぱたちに黙祷を捧げるため、一瞬だけ瞑目した。
歩みが遅れた刹那、わたしの腰に男の腕が巻き付いてくる。躊躇したと思ったのだろう。目的の場所へ連れていくため、誘導するのは下心のなせるわざ。
力強くリードする腕に身を任せ、黒一色となったスニーカーの歩みは軽やかに。
そのまま、わたしたちは雑居ビルのようなホテルの一室に吸い込まれていった。
一刻半後、モノトーンの衣服をまた身につけた男はタバコに火をつけた。煙を燻らせる姿は気怠そう。
彼はもう腰に腕を回してリードするような行動をとることはない。彼がわたしの顔を見ることはない。彼が、わたしにまとわりついていた紅葉の葉を思い出すこともない。
彼は今、煙にまかれてぼんやりと靄のかかった頭の中で帰る気力を養ってるところなのだ。
わたしはバスタオル一枚、体に巻きつけたままその姿を目に焼き付ける。
すごく窮屈。
体を覆う布は少なくても、気持ちはすごく窮屈だ。
早く帰りたい。だからバスタオルを外してシャワーを浴びにいく。
男はわたしのことを横目でチラリと見ただけだった。
また半刻後。
同じ駅から電車に乗って、わたしはまた遊歩道のなかにいる。
ただいま、紅葉。赤、黄色の葉っぱたち。
ざわざわと風に揺れる木々からかさかさと舞い落ちる彼らは遊歩道に降り積もる。
雑踏の中に置き去りにした仲間のことが一瞬頭の片隅に思い浮かぶ。今頃、彼らはどうなっているだろう。
ごめんね、ここから連れ出してしまって。
がさがさがさがさ。
歩くたびに鳴る葉っぱたちの音がおかえり、おかえりと言っている。
ごめんね、ごめんね。こんなわたしのことを許してくれる?
誰も怒ってなんかいないよ。
わたしは葉っぱたちがそう言ってくれている気がしていた。
黒のスニーカーにまた赤や黄色がまとわりつく。
けれど、わたしはもうその子たちを連れていかない。
さようなら、紅葉。
遊歩道の端っこで、わたしは彼らを払い落とし別れを告げたのだった。